<< 「コラージュ」 深くて渋みのある表現 | main | 「魂」 多様性を持った温かさ >>

「普遍性」 時代超え感じられる絵




 その絵の前に立つと、なぜか心が落ち着いた。骨太な画面 の奥底から、何かか沸き上がってくるような強さがある。それは、まるで光一郎自慢のグッドマンのスピーカーから流れる重低音の響きのようにも思えた。静かに、ゆっくりと、そして重々しく。絵が語りかけてくるのだった。
 彼は昭和60年7月、市立美術館で開かれた「半世紀の歩み若松光一郎展」のために、「大地の歌」を制作した。縦2.27、横5.06メートル。150号のキャンバス3枚で構成されている大作で、テーマは文字通 りマーラーの交響曲。荒涼とした大地や岩肌を思わせる褐色のベースの中に、さまざまな思いが散りばめられている。まさに「若松光一郎を感じることができる作品」といえた。
 「春になれば、愛する大地は再び花が咲き乱れ、木々は緑に覆われて、永遠に、世界の速き果 てまでも青々と輝きわたる」。マーラーは最終楽章で、こう歌い上げている。その、力強く雄大な世界は光一郎にとって、あこがれだった。アトリエにこもり、「大地の歌」の旋律を聴けば聴くほど、自らの人生とオーバーラップするものを感じた。そして「人間の無常を嘆き、永遠の自然を賛美する」という普遍的なテーマへとつながっていった。
 昭和21年のことだ。すべてが貧しかった。紀志子は道端の雑草の中に目のさめるような紫の花を見つけ、思わず立ち止まった。アザミだった。秋の夕暮れの、セピア色の陽の中で幻のように美しかった。彼女はそれを折ろうとしてためらった。「貧しい毎日の暮らしの中で慰められるのは自然の美しさだけだもの、私一人のものにしてはいけない」。振り返り振り返り、心を残しながら、長い影法師を落として帰っていった。
  「大地の歌」には、それぞれの人生を走馬灯のようによみがえらせ、共感を呼び起こす力があった。どこまでも輝く透き通 っている青、地球の核に通じるような漆黒。そしてアザミの群落を思わせる品のある紫…。その画面 は壮大な自然から悠久の時へと見る側を誘い、人生の軌跡まで深化させてくれる。そして光一郎の魂のようなものを感じるのだった。
 「知力とか気力といったものを超えた世界を見つけた、というべきかな。魂の凝縮度は高いですね。しかも、仕事がこもっている。大声で話していない。かなり高い到達点だと思う。」稲川敏之(64)はそう評価する。
 常に未知の部分を持ち、未来に生きようと真剣になって絵を描いてきた光一郎。その抽象絵画探究の彷徨は、「普遍性」という大きなテーマへと到達した。それは自然であり、宇宙であり、人の記憶や内面 だった。「その時代だけ評価されてもだめだ。いつの時代の人々も感じられる絵を措かなければ」。彼は、そうした思いを、和紙とカゼインカラーのコラージュという手法で絵に託した。

| 鳥の歌の響き | 22:13 | comments(0) | - |
Comment










12
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--