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「魂」 多様性を持った温かさ




 「鳥の歌」は2分弱の短い曲だ。しかし、その哀愁を帯びたチェロの響きはしなやかでありながら重く、一音一音が体中に染み渡る。それはパブロ・カザルスの人生そのものであり、彼が生まれ育ったカタロニア地方(スペイン)の良心といえた。
 今回の連載の原点は「死んだ時はカザルスの「鳥の歌」で送ってほしいと思っている」という光一郎の一言だった。81歳まで、自らはほとんど語らず、ただ黙々と絵を措き続けた人生。家族の手元にはばく大な量のコラージュや油絵、デッサンが残された。その1つひとつの作品に託した思いは何だったのか。彼にとって「鳥の歌」はどういう意味があったのか−それが知りたいと思った。
 夜の11時半を過ぎていたと思う。かつて市立美術館に勤務し、「半世紀の歩み展」の時に光一郎の作品を解析した小泉晋弥(42)に電話した。彼は郡山市立美術館を辞め、4月から茨城大の助教授になっていた。同い年の気安さからだろうか。常に新鮮きと深さを追い求めた若松光一郎という敬愛する画家を共通 項に、お互いの生き方についてまでも話が及び、水戸までの電話は長時間になった。
 「彼の絵の思想性って何だろう」。この質問に対して小泉は、こう答えた。「絵の前に立った時に、見る側が感じられるものを出す。それは言葉ではない。何て言ったらいいのかなあ。頭ではなくて肌で感じられる、というか。絵の一部になれるんだよね。写 真ではダメなんだ。本物じゃないと」。それこそが光一郎の響きだった。その板底には、それぞれの人生と共鳴し合える多様性を持った、彼の温かい魂があった。
 昭和46年、94歳のカザルスは国連でコンサートを行い、「鳥の歌」を弾いた。そして、こう言った。「カタロニアの短い民謡を1曲弾きます。この曲は「鳥の歌」と呼ばれています。鳥たちは宇宙の空高く飛んでピース!ピース!(平和)と鳴きます。美しい曲です。私の祖国カタロニアの魂なのです」
 光一郎の絵を見て、人はさまざまなことを感じる。「遠い昔に砂浜に措いた落書きを思い出し、少年の日に戻ったような気がした」「まるで大地をひっぱがして人々の喜びや苦しみを刻印したようだ」「オーボエやピッコロやフルートが躍動している」…。彼はそうした批評を、いつもニコニコしながら開いていた。
 色と線を使って視覚に訴える絵画。それを言葉や文章に置き換えて理解しょうとすること自体無理なのかもしれない。理屈じゃないんだよ」。彼の静かな声が響いた。

| 鳥の歌の響き | 22:14 | comments(0) | - |
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